エイサーとは ??
沖縄の盆踊りのことです。
一般的に旧暦の7月15日(今年は8月24日)にあたる旧盆の先祖をお送りする日 (沖縄ではウークイという)の夜、青年男女が集落内を踊り巡り、各家の無病息災、 家内安全、繁盛を祈り、祖先の霊を供養する行事をいいます。
エイサーは15日の 「ウークイ(お送り)」の夜に踊ります。13日の「ウンケー(お迎え)」で、下界に降りてきた先祖の霊が帰りたがらないので、太鼓を叩いて脅かし、再びあの世へと送り出したのが、エイサーの成り立ちです。
踊りの隊列は旗頭、太鼓、小鼓(パーランクー)、男女の手踊り、三線(サンシン)と歌い手の地謡(ジウテー)と続き、隊列とは別に、地区によって京太郎(チョンダラー)や 三郎小(サンラーグワァ)、中脇(ナカワチ)と呼ばれる道化役が盛り上げます。
道化役の踊りにはストーリー性があり、各家の祖先の霊を供養したあと振舞われたお酒を、棒で吊るした酒かめに入れて持ち帰るという酔っ払い踊りなどもあります。
エイサーの歴史・由来
1603年、琉球王国時代に浄土真宗が伝わり、葬儀や法事でニンプチャー(念仏者)が念仏歌を歌って霊を供養するようになったのが、エイサーの原型といわれています。
その後、昭和初期には芸能化を強めたエイサーが踊られるようになり、1956年にはじまった「全島エイサーコンクール」では、中部の青年会が中心となって技や衣装に工夫を凝らすようになり大きく進化しました。女性の手踊りが華を添えるようになったのもこの頃からです。
今日では、旧盆行事以外でも、全島エイサーまつりや一万人のエイサー踊り隊さらに日本各地でも披露されています。
エイサーの由来については実はいくつかの説があるのですが、代表的なものとして、在来の「エサオモロ」という集団舞踊に、「袋中(たいちゅう)上人」という京都のお坊さんが沖縄で始めた念仏形式の踊りが定着したものというのが一番有力な説となっており、囃子言葉の「エイサー」からそう呼ばれるようになったと言われています。
エイサーの踊り いろいろ
エイサーの隊形は、地謡(三線弾き)や太鼓打を中心に、その周りを周りながら踊る円形舞踊が基本です。
近年は、縦列や横列など隊列に変化を持たせたりしています。
エイサーの構成は、青年男女数十名で演じるのが多く、大太鼓7,8名、締め太鼓(又はパーランク―)20数名、他は手踊りで、女性は手踊りをするというものが一般的です。
2人は酒担ぎ、数人がサンダーもしくはチョギナーあるいはチョンダラーと呼ばれ異装をし、おどけた役をします。
エイサー用語あれこれ
旗頭 ・・・布地や紙の一端を棹につけ、空中にひるがえる旗頭は、村の象徴を意味する。棹の頭に花型の飾りをおき、細い布に地域の名や、村を象徴する言葉などを書いたもので、エイサ−では旗頭が先頭を歩く。
太鼓 ・・・古くは小太鼓を使い、チヂン、ク−などと呼ばれた。 エイサ−では、昔は木の胴の両面に皮をはったチヂン、又は片面だけのパ−ランク−を使用した。 現在では、締太鼓、大太鼓などが使われているが、これらはかなり近世になってから使用されたと思われる。
チョンダラー ・・・エイサ−での道化の一つ。 元々は京太郎という人形を使って芸を演じた門付け芸人のことを指した。 エイサ−の前身といわれる念仏踊りの踊り手(ニンブチャ−)もチョンダラ−が行ったことから、それがエイサ−に取り入れられたと思われる。
道ジュネー ・・・芸能や祭りでの練り行列のこと。 エイサ−では、旧盆の夜エイサ−を行いながら、集落を練り歩くことを道ジュネ−という。 行う日は、主に3日間の最後の夜(ウ−クイ)に行うことが多い。
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